たくさんの人びとが まるで灯台のように目印にしている人、 吉本隆明さんに 「今年をテーマに話をしていいですか」 と訊ねてみました。すると、 「訊かれたら、話すことはあります」 と、答えが返ってきました。  吉本さんの考える2008年は、どんな年ですか? これからの世界はどうなっていくと‥‥?







1924年生まれ。詩人、文芸評論家、思想家。
東京工業大学電気化学科卒業後、
工場に勤務しながら詩作や評論活動をつづける。
現在に至るまで、幅広い層から支持を受けつづけ、
「戦後思想界の巨人」と呼ばれる。
著書に『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』
『ハイ・イメージ論』『カール・マルクス』
『悪人正機』『最後の親鸞』『ひきこもれ』
『吉本隆明 自著を語る』『真贋』
『日本語のゆくえ』など。









糸井 吉本さんは、これまで
「山あり谷あり」、
いろいろあったと思うのですが。
吉本 いろいろありましたね。
まぁ、去年には、いちど死にかけましたから。
糸井 何時間か意識がなくなったと
おっしゃっていましたね。
たしか、ご飯を食べ損なったのが
よくなかったんですよね?
吉本 そうそう。
ご飯を食べなかったことと、
低血糖の注射をして、
眠くなったから寝ちゃった。
それがよくなかったんです。
糸井 だれかが気づかなかったら
冷たくなってた、と。
吉本 まぁ、そうです。
それは、そうとう「谷」ですよ。

糸井 そうとう「谷」ですね(笑)。
そういう「谷」がいつも隣接してるのは、
その‥‥スリルのある毎日ですか?
吉本 スリルはありますよ(笑)。
いやぁ、なんだかすごく
執念深く生きてるような気がします。
糸井 吉本さんは、
何かが強いんじゃないでしょうか。
運なのか、身体なのか。
吉本 何か‥‥、何が強いのかな?
強いのかな?
糸井 海に溺れたり、昔は逮捕されたし、
たいへんなことがたくさんあって。
吉本 ああ、ああ。
昔は危険な人が家の玄関まで
来るようなこともありました。
今はそんなこと、もう全然ないですが。
糸井 やっぱり「昔しかなかったこと」って
ありますね。
吉本 ありますよ。安保のあとがいちばん
そういうことが多かったでしょう。
糸井 「政治の季節」みたいな時期ですね。
吉本 そうそう。
ですからそのときは、いつでも上着を脱いで
手元に置いていました。
「体から離れている布が1枚あれば、
 プロに刺されることになっても大丈夫だ」
って、ある空手の先生に教えられたんです。
糸井 そうしろと言われても
とっさに上着で体をかばえるかどうか、
それは賭けみたいなもんですね。
吉本 でも、気持ちが高ぶって
異常になってるからか、
できるようになってるんだと思います。
糸井 そんな時期があったんですね。
吉本 あったんです。
それに比べたら今はわりと、
表面的には平穏です。
糸井 今は国が戦争して稼いだりするよりも、
株だ何だで稼ぐほうが手っ取り早くなった、
というせいもあるんでしょうか。
昔は殴りに行かないと奪えなかったものが、
黙ってスッと取れたりするんですから、
僕はそこの変化はすごいと思うんです。
吉本 すごい変化ですよ。
だから、そういう意味合いじゃ、
もう敵も味方も同じ、利害関係が同じに
なっちゃうんじゃないでしょうかね。

例えば自民党と民主党も、
反対なもののはずなんだけど、
今は同じなんですよ。
利害関係が同じになってる。
同じことを小さく言うか大きく言うか、
または、同じことをカッコよく言ってるかどうか、
そこだけの問題になっています。

自分たちは汚いことはしないよ、と言うのか、
自分たちのポッポに入れちゃっておいて
でも何かもう少し違うことを考えてるよとか、
そういう違いはあるかもしれないけど、
でも、そのくらいの違いなんです。

あとは、何も考えてない政党は、何も考えてない。
その時期その時期で
カッコいいことを言ってるってだけ。
全部同じことです。

糸井 その時代に、昔いろいろ言ってた人は、
何を考えりゃいいか、
悩んじゃうんじゃないでしょうか。
吉本 悩んじゃいますね。
だから、両方の極端のようなことを
「こうなるだろう、こうなるだろう」と
考えるしかないんじゃないでしょうか。
糸井 今年は、どういう位置づけなんでしょうね。
吉本 そうですね、どう言ったらいいんでしょう。

日米の戦争で負けたあと、
「終わって、ああ、これでホッとした」という人が
若い人にも年寄りにもいるでしょうけど、
そういう人たちの考えていたものが
崩れつつあるというところだと思います。

だから、どう言ったらいいんでしょう‥‥
前期戦後が終わった──終わったつっても
何回か終わってるんですが、
それが、ここ4〜5年のあいだで
ちょっと違うところに、移りつつあります。
糸井 それは、どういう移りかたなんですか。
吉本 何を基準に移りつつあるのかといったら、
それはとにかく西欧とアメリカです。
ここ4〜5年は、犯罪から経済まで
わりあい全部が
アメリカのありさまを基準にした段階に
移っています。

今の状態は流動的だから、
そんなに長くはつづかないと思います。
これからそんなに遠い未来じゃなく、
おそらくまた4〜5年のうちに、
何かがあると思います。
遠い未来は僕らにはわかんねぇですけど。

糸井 例えば大恐慌とか?
吉本 ええ、これは、可能性は大きいと思います。

(明日につづきます)


2008-02-19-TUE



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